虐待あり、怒声あり、ネグレクト(放置)あり……。子どもが健やかに育つはずの保育園で、劣悪な運営実態がたびたび明らかになる。日本社会の縮図といえる保育崩壊の現場とは。
東京都内の河川敷にある広場。保育園児の楽しそうな遊び声をさえぎるように、怒声が突然響いた。
「てめぇら、とっとと乗りやがれ!」
声の主は園児を引率する若い女性保育士。外遊びの時間が終わり、散歩用の手押しワゴンに子どもを乗せようとしたときの声だった。
現場を目撃した女性は耳を疑った。なぜ園児に怒鳴り声をあげるのか。幸いにも女性の子が通う保育園ではなかったが、ひとごとと思えない。「保育園でわが子が何をされているかわからない」。そんな思いがよぎった。
従業員を大切にしないブラック企業だけでなく、園児にきちんと接しない“ブラック保育園”が、近年目立つようになった。
2歳の男児を持つ東京都の30代女性も、そんな保育の現場を体験した。女性は昨年、世田谷区に転入して保育園探しを始めた。待機児童数が全国最多の地だけに、希望の園に入ることはあきらめていた。
しかし、第2希望だった認可保育園に4月から通えることになった。積極的に外遊びをさせる方針の施設で、入園が決まったときは喜びでいっぱいだった。
その喜びと期待は、ほどなく不安へと変わる。
「保育士さんの表情がとても疲れていたんです。園内を見ると、15人くらいの2~3歳児が1部屋に集められ、保育士は机で事務作業をしている。子どもの様子を誰もしっかり見てなくて、心配になったんです」
保護者会で聞いた話にも驚いた。この園は近くの公園での散歩の際に、園児の姿を見失う事態が2度もあったという。
「保護者から対策を求める声があがりました。でも、園長も保育士も何も答えられない。防止策の知識がなかったのだと思います」
不安が高まりつつあるさなかに、息子は保育中に転んで、大きなたんこぶを頭につくって帰ってきた。
それまでは一度もけがをしたことがなかった。安心して預けられない気持ちが強まり、転園を決意。入園からわずか1カ月後のことだった。自宅そばの認証保育所に空きが見つかったため、そちらへと移った。
「退園時、看護師と保育士が3人同時に辞めるとの掲示がありました。3月にも保育士が数人辞めたそうです。認証保育所に移って保育料は数千円高くなりましたが、後悔していません」
小さなけがならまだよいが、骨折などの大けがや死亡事故も、保育の現場で起きている。
内閣府が12日に発表した集計によると、保育施設での重大事故は、昨年1年間で計587件あった。一昨年と比べ約1.5倍に増えている。
587件のうち、458件が骨折で大半を占める。死亡事故は13件で、年齢別にみると0歳7人、1歳4人、6歳2人。10人は睡眠中の事故で、うち4人は「うつぶせ寝」だった。
うつぶせ寝の危険性は、これまでも繰り返し指摘されてきた。事故を防ぐガイドラインも作られている。ある保育園関係者は「いまだにそんな事故があるなんて信じられない」と話す。
東京都内にある事業所内保育所「キッズスクウェア日本橋室町」でも2016年3月、1歳2カ月の男児がうつぶせ寝で亡くなった。
都が設置した検証委員会の報告書によると、施設長は保育経験がまだ浅く、当初は就任を断った。園の運営会社からサポート体制を約束されて引き受けたが、「サポート体制や職員の専門性の向上を支える体制が不十分」だったという。
事故が起きた日、男児は昼寝中に目覚めるとの理由で、別室で一人うつぶせで寝かされていた。長いこと起きないので職員が確認をしに行くと、すでに心肺停止状態だったという。
検証委は報告書で事故原因について、経験の少ない職員構成や、窒息のリスクに関する知識の不足などを指摘している。
死亡やけがなどの事故の一方で、園児を部屋に閉じ込めて拘束するなど信じられない実態もある。
14年に死亡事故が起きた宇都宮市の24時間型託児所トイズでは、園児が身動きできぬようにヒモで縛り上げられていた実態が明らかになった。だれが見ても異常な光景だ。
子に目が届かない事故があれば、拘束などで異常な管理をする実態もある。こうしたことが保育現場で起きるのはなぜなのか。
労働経済ジャーナリストの小林美希さんは言う。
「知識や経験のある保育士であれば、上司や運営会社に保育環境の問題点を『おかしい』と意見できます。そこで改善策が取られればいいのですが、放置されることもある。そうすると、その保育士は辞めてしまう。保育に責任を持てないからです。園には経験の浅い保育士ばかりが残り、ますます質が下がるのです」
保育を巡る環境の負の連鎖が、ブラックな実態を招いている。
※週刊朝日 2017年6月2日号