「米中代理戦争は、この地で起こる可能性」

元経済ヤクザが分析「米中代理戦争は、この地で起こる可能性」
私のもとには、彼らの悲鳴が届いている

米中トップが貿易戦争について、電話会談を行ったことが報じられたのは、昨年末のことだった。しかしこの会談によって進むのは雪解けではなく、大国間の緊張関係の「膠着」だと私は考えている。大国間の緊張の膠着が続くと、その傘下で代理戦争が起こるのが歴史の常だ。

現に、私の元へはイランの富裕層から第三国への亡命を求める連絡が続いている。それは第五次中東戦争勃発リスクへの悲鳴に他ならない――。

アメリカが日本に何をしたか覚えているか?
2018年12月29日、アメリカ大統領、ドナルド・トランプ氏(72)が、中国の国家主席、習近平氏(65)と電話会談を行った。協議の内容は貿易交渉や北朝鮮問題などと報じられ、その直後、トランプ氏は「取引はうまくいっている」とツイートした。

しかし「いよいよ貿易戦争が解決して、再び自由貿易の時代が始まる」という楽観論は捨てるべきだと、私は考えている。すでに、何度か書いていることを簡単に整理しよう。

トランプ氏は、昨年7月に訪英し、緩やかな欧州離脱「ソフト・ブレグジット」路線に固辞していたイギリス首相、テリーザ・メイ氏(62)を翻意させた。

また、アメリカ・メキシコ・カナダ間のNAFTA(北米自由貿易協定)を「大災害」と呼びながら、昨年11月30日には3カ国でUSMCAの締結にこぎ着けた。最初に折れたのは不法移民問題でやり玉にあげられ「米国から雇用を奪った国」と名指されたメキシコだ。

この協定には事実上、中国とのFTA(2国間貿易協定)を禁止した条項が盛り込まれているのだが、中国とのFTAを模索し、最期まで難色を示していたカナダも折れた。

米軍という世界最強の暴力組織とドルという基軸通貨の2つを武器に、「イエスかハイ」しか答えを許さないトランプ氏の外交姿勢は、現在までいささかもブレてはいないことはこれらからも明らかだろう。

そのトランプ氏は昨年12月1日、習近平氏に、強制的技術移転、知的財産権の保護、非関税障壁、サイバー攻撃、サービス・農業の5分野の「構造的改革」を求めている。「うまくいっている」とは、習近平氏が大幅に譲歩してきたことを指しているとみて間違いない。

さて、ここから先にアメリカがどのような対中方針を採るかは、歴史が明らかにしている。その先例こそ、60年代以降の日本だ。

60年代中盤に対日貿易が赤字になったことをきっかけに、アメリカは日本に輸出規制を飲ませるようになった。品目は繊維、鉄鋼からカラーテレビ、自動車へと移る。

それでも対日貿易赤字は拡大し、今度は円安ドル高の為替に手を付ける。85年のプラザ合意がそれで、急速な円高ドル安へと進んだことで、日本は円高不況に陥る。そこで日本政府は内需拡大に向けて大幅なインフラ投資を実践。こうして日本はバブルに突入した。

だが、アメリカからの日本市場開放の要望はとどまらず、89年から日米構造協議が始まる。アメリカの要請による構造改革の結果、日本の護送船団方式は崩れ去り、93年のバブル崩壊後は、アメリカ企業を中心に企業買収が相次ぎ、人々は外資を「ハゲタカ」と呼んだ。

獰猛な猛禽類と、守る虎
この日本経済崩壊の流れの中で、1983年からの2年間、レーガン政権下で米通商代表次席代表を務め、日米間の最前線で交渉に立った人物こそが、現在、トランプ政権で通商代表を務める、ロバート・ライトハイザー氏(71)だ。また、企業買収と売却によって、痛みを伴う再生を実践してきたハゲタカの一人、ウィルバー・ロス氏は、トランプ政権で商務長官を務めている。

このことから考えれば、アメリカが80年代以降実施してきた対日対策を、現在中国に対して実行していることは明らだ。実際、構造改革については、すでにトランプ氏自ら要求済みだ。

では、歴史を鑑みるなら日本同様、中国はアメリカに屈する……となるのだが、中国の実力を見誤るのは危険なことだと私は考えている。マネーの世界で生き残るために必要なのは、冷静な評価分析である。中国が、80年代からアメリカが日本に対して行ったことを研究していないはずがない。

昨年の米中貿易戦争勃発からここまで、アメリカの急激な政策転換を正当に評価できず、中国は後手に甘んじてきた。しかし、昨年12月1日の米中首脳会談から、同29日の電話会談で、中国側が態度を改めたことは明らかだ。

先の学習能力の評価を併せれば、中国はアメリカに、ただ譲歩してもろ手を上げたということではなく「防御に回った」と私は考えている。

根拠の一つが、中国が石油備蓄量を増やしている、という地下経済からの観測だ。戦略物資である石油を蓄えることは、あらゆることに対する備えだからである。実際に1月6日には、習近平氏が中央軍事委員会で「軍事闘争の準備」を呼び掛けた。

この発言がアメリカに対する「けん制」だとされているが、何より中国には独自の経済・外交圏を築き上げるという「一帯一路」構想がある。

新興国のインフラ開発にAIIB(アジアインフラ投資銀行)を通じて融資し、焦げ付いた国からは陸路や海路の拠点を合法的に収奪する――中国共産党運営の「国家ヤミ金」の恐ろしさは伝わりつつあるものの、ギリシャ・ピレウス港、スペインのバレンシア港、スリランカのハンバントタ港など海洋拠点を手中に収めることに成功している。

中国にしてみれば、アメリカと太平洋を挟んで全面対決を急がなくても、ユーラシア大陸西側に向かうことに集中すればいいだけの話だ。貿易を軸にした米中対立は、「雪解け」ではなく「こう着」というステージに進んだというのが、私が合理的に導き出した答えである。

拮抗が生み出すものこそ代理戦争
人類初の核兵器使用によって終結した第二次世界大戦以降、大国間は核抑止力によって直接戦争ができない状態になる。しかし、戦後訪れた米ソ冷戦という拮抗の中で平和が維持されたわけではない。朝鮮戦争(1950年~)、キューバ危機(62年)、ベトナム戦争(55年~75年)など、大国間の武力衝突は第三国を舞台にした代理戦争へと形を変えた。

現在、この代理戦争勃発のリスクが急速に高まっているのが、サウジアラビアとイランだ。私の元には何人かのイランの富裕層から、「日本のビザ取得」や「亡命」を希望する声が届いている。

きっかけは12月19日に発表された、アメリカ軍のシリア撤退だ。複雑な中東情勢を一つ一つ整理しよう。

米軍がシリアに駐留した建前は、「IS(イスラム国)掃討」だ。しかしシリアのアサド政権を支援するのは、アメリカが核開発問題を理由に経済制裁を実行しているイランとロシア。米軍のシリア駐留は、この2つ敵の影響力をシリアから排除すること、すなわちアサド政権を倒す目的でもあった。

そこで利用されたのがクルド人だ。

シリア、イラク、トルコの山岳地帯に3000万人が住むというクルド人は、国家を持たない世界最大の少数民族で、分離独立を求めては弾圧される悲劇の民族だ。シリアでのクルド人にとっては、自らの居住区を侵略するISも、アサド政権も敵という構図だ。米軍はベトナム戦争以来、現地の少数民族に軍事教育や武器支援を行っているが、シリアにおいては、目的を同じにするクルド人を中心とする民兵組織「シリア民主軍(SDF)」を支援した。

しかしアメリカ製の武器を大量に買い付けてくれるわけでもない組織への支援は、トランプ氏にとって魅力的には映らなかった。米軍の撤退は、シリアをロシアとイランに明け渡すだけではなく、米軍を信じたクルド人を見捨てることになる。味方の見殺しが、生粋の軍人であるアメリカ国防長官、ジェームズ・マティス氏(68)には許すことができなかった。彼は昨年末、この決定を機に辞表を出した。

日米合同演習などで接点のある日本の幕僚の多くは、マティス氏を「ソルジャー・オブ・モンク(僧侶)」と呼び、「マッド・ドッグ」のあだ名とは逆の理性的で知的な素顔に、強い尊敬の念を抱いているという。マティス氏はシリア撤退への抗議で辞任したが、辞表に書かれてあった「同盟国への敬意」とは、今回の裏切りから生まれる同盟国のアメリカ不信だけではなく、「見捨てられたクルド人に対する苦悩の表れ」と、ある幕僚関係者はみる。

しかしこの見方は、愛国者で「モンク」と呼ばれる人物が辞任する動機としては弱いと私は考えている。

そこで、重要になるのがシリア撤退で誰が得をするのかという分析だ。

アメリカが中東戦争を望む理由
まず今回の撤退を、最も苦々しく思っているのが、イランと中東の覇権を争うサウジアラビアだ。前提になっているのは、サウジはスンニ派、イランはシーア派というイスラム教内の宗教対立である。

イエメンにおいてはイランが反政府組織「フーシ」を、サウジアラビアが現政権を支援している。15年にはイエメン大統領辞任に伴い、フーシが全土を実効支配した。直後に成立した暫定政権を支援する目的で、サウジがフーシを空爆。16年からフーシは、イエメン内サウジへのミサイル攻撃を始め、今年3月には首都リヤドに着弾し死者も出た。

健康問題を抱える国王に代わってサウジの国政を取り仕切っているのが、後継者、ムハンマド皇太子(33)だ。17年からは資金洗浄などを理由に、300人以上を逮捕し権力を揺るがないものにしている。15年のフーシ空爆は、当時、国防大臣だったムハンマド皇子の判断によるものだ。

そのムハンマド皇子は、禁止されていた女性の自動車運転を認めるなど、アラブ社会の革命児とされている。だが、18年3月にテレビのインタビューで「サウジアラビアは核爆弾を持つことを望んでいないが、イランが核兵器を開発すれば、それに従うことになる」と核武装も辞さないことを表明した。

同年には、トルコのサウジアラビア領事館内で、ジャーナリストのカショギ氏を自身のボディーガードを使って殺害した疑いがもたれるなど、非常に好戦的な素顔を持つ「王」だ。

イエメンの代理戦争で、サウジ・イラン間の緊張がこれ以上ないほど高まっている中で行われたのが、アメリカのシリア撤退だ。アメリカの経済制裁が、反米感情が強いアラブ社会では逆バネに機能していることもあり、イランの影響力はレバノンやイラクへとますます拡大している。サウジアラビアはシリアにおいても、イランに対抗して反アサド派を支援していたが、撤退によってまた影響力を失うことになった。

中東社会では、イランによるサウジアラビア包囲網が出来上がりつつある。追い詰められたサウジがイランに対して実力行使にでる下地は充分になった。イラン富裕層の亡命希望は、ニュースに流れない中東社会の生の声だと私は受け取っている。

戦争経済という悪魔の果実
さて、この戦争を最も喜ぶ国がアメリカだ。深刻なのはFRBが利上げをしても金利が上がらないこと。その大きな原因は、アメリカ国内に投資先がないことだと私は考えている。グローバルサプライチェーンの拠点を、中国からFTAを軸に構築した経済圏に移したいのがアメリカの思惑だが、現実が追い付かないのだ。金融不安の気配も出てきており、持ち直しの「材料」は喉から手が出るほど、欲しい状態だろう。

トランプ氏は17年にサウジを訪れた際に、対イランを目的に、サウジを中心とする「中東版NATO」構想を発表。直後にムハンマド皇子が、約12兆円もの武器をアメリカから購入する契約を結ぶなど、武力を軸にした両者の関係は蜜月だ。サウジとイランの戦争が、現在のアメリカにとって大きな利益になることは間違いない。

中東へのエネルギー依存が高い日本は、この地域での戦争が起こればたちまち危機となる。シェールガス開発でエネルギー輸出国になったアメリカにとって、石油に代わるエネルギーを求める日本マーケットへの進出を夢見てていることも間違いないといえるだろう。

こうして整理をすれば、シリア撤退は単に軍事費削減を目的としたものではなく、サウジとイランの緊張を誘発する意味も含まれているという視点は、それなりの説得力があると私は考えている。人命を金に換える――この究極の拝金主義的なトランプ氏の考え方に、理性的で知的なマティス氏が嫌気をさして辞任した……そう見るのが正しいのではないだろうか。

現在。具体的な動きは確認されていないが、ユーラシアの西側に国際戦略の重心を置くと決めた中国がここに関与してくれば、中東を舞台にした新たな代理戦争へと展開するだろう。新年早々悲観的な話になってしまうが、2019年も世界再編による混乱は続く、と私は見ている。