アーミッシュの文化の一面

採録
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アメリカ版『コスモポリタン』誌と非営利の調査報道機関『タイプ・インベスティゲーションズ(Type Investigations)』との1年にわたる共同調査で明らかにされた、アーミッシュの近親相姦とレイプ、性的虐待の戦慄の文化とは――。

Photos: Getty Images

From COSMOPOLITAN

※アーミッシュとは、アメリカやカナダの一部で自給自足の生活を送るドイツ系移民のキリスト教の一派のこと。宗教的理念に基づき、米国へ移民してきた当時のままの生活様式を送っている。

セイディ*の記憶は、断片的だ――真夜中、ベッドがきしむ音が聞こえる。兄弟のひとりが、部屋に忍び込んできたのだ。マットレスの端まで体を引っ張られ、下着を剥ぎ取られる。兄弟は片足を床の上に残したまま、体を覆いかぶせてくる。

夕暮れ時、豚小屋でエサをやり終えると、別の兄弟が掴みかかってきた。引き裂かれたドレス、エプロンの上に散らばった壊れた洗濯バサミ……。時には何とか逃げ出し、全速力で家に逃げ帰ることもあった。でも、兄弟たちは彼女より“大きくて強い”。彼らは大抵、欲しいものは手に入れる。

子供の頃のセイディは、注意深く外部の影響から遠ざけられていた。TVを見ることも、ポップミュージックを聴くことも、学校に通うことも許されなかった。その代わりに、彼女は一部屋しかない建物で勉強を教えるアーミッシュの学校に通い、馬や馬車で教会に行った。謙虚で、規律を守り、信心深い人になるための生活を送っていた。

セイディは9歳になる前に、兄のひとりにレイプされた。そして12歳になるまでには、父親のアブナー*からも性的虐待を受けるようになった。カイロプラクター(指圧師)だった父は、診療室の施術台にセイディを乗せて彼女の膣に指を入れ、“子宮を指先で軽くたたいてやる”ことで妊娠できるようになると言った。14歳になるまでに、セイディはほかの兄弟3人にもレイプされた。干し草置き場や彼女の寝室で、週に何度も襲われた。その後には、恥ずかしさと混乱で眠ることができなかった。

一緒の部屋で寝起きしていた(ベッドまで共有していた)姉や妹たちが、目を覚ますことはなかった――あったとしても、何も言うことはなかった。後になって、同じようにレイプされていたことをセイディに打ち明けた姉妹もいる。

セイディの小さな世界は、規則に従うことを基本に作り上げられていた――静かにしていることも、決まりのひとつだ。「愛も、支えてくれるものもなかった」と彼女は言う。「行くところも、言うこともないと思っていました」

だから、彼女は何も言わなかった。12歳の時、家に警察がやってきて、娘たちに対するアブナーの性的虐待の疑いについて質問した際も、そのおよそ2年後、アブナーが巡回裁判所(控訴裁)で判事から5年間の保護観察処分を言い渡された時も。

14歳の頃、兄弟のひとりに食料貯蔵室の奥に追い詰められ、流し台の上でレイプされた時でさえ、何も言わなかった。この際セイディは大量に出血したが、その場にひとりで残された。体を拭き、冷水を張ったバケツにそっと下着を入れ、家事に戻った。この時自分がおそらく流産したのだということに、彼女は何年かたった後で、友人の言葉によって気付いた。

セイディは今になってようやく、こうして自らの経験を話し、一見すると牧歌的な子供時代の裏に潜んでいた暗闇について、明らかにする決心がついた。黙り込んでいることに、嫌気がさしたのだ。

ここ1年間、筆者はおよそ30人のアーミッシュと警察などの法執行機関の関係者、判事、弁護士、ソーシャルワーカー、学者たちにインタビューし、話を聞いてきた。そして、それらを通じて知ったのは、アーミッシュのコミュニティにおける性的虐待が、世代を超えて保たれてきた公然の秘密であるということだ。

被害者たちから聞いたのは、不適切な接触や愛撫、性器を露出されること、性器に指を入れられること、オーラルセックスの強制、アナルセックス、レイプなどの話だ。加害者はすべて、被害者自身の家族であり、隣人であり、教会の指導者たちだった。

アーミッシュの暮らしに関する研究で知られる、ペンシルベニア州・エリザベスタウン大学の再洗礼派・敬虔派ヤング研究センターによると、北米におよそ34万2000人いるとされるアーミッシュは、ペンシルベニアやオハイオ、インディアナ、ケンタッキー、ニューヨーク、ミシガン、ウィスコンシンなどの各州の地方部に暮らしている。

出生率が高く、コミュニティを離れる人がほとんどいないことから、アーミッシュはアメリカ国内で最も急速に拡大している宗教グループのひとつになっている。ひとりの指導者が主導する中央集権的な組織ではなく、教会の“教区”の単位で生活しており、それぞれが20〜40世帯で構成されている。そして、筆者が被害者たちから聞いたようなことは、そのいずれにおいても起こっていた。

筆者のまとめたところでは、過去20年の間、アメリカの7つの州にあるアーミッシュのコミュニティで、子供が被害者となった性的暴行事件は報告されているだけで52件。恐ろしいことに、この数字は氷山の一角にすぎないのだ。

筆者が話を聞いたアーミッシュの被害者(主に女性だが、男性もいる)は、ほぼ全員が、被害を警察に届け出ることを思いとどまるよう家族や教会の指導者たちから説得されたり、外部の助けを求めないことを条件にされたりしていた(セイディも、被害を公にすれば冷笑されたり、非難されたりするだけだとわかっていたと話している)。

被害者たちのなかには、脅されたり、コミュニティから追放すると脅迫されたりした人たちもいる。こうした話からわかるのは、アーミッシュの聖職者による子供たちへの性的虐待が、あちこちのコミュニティで隠ぺいされていることだ。9歳の時に兄と近所に住む少年から虐待を受けたというエスター*によれば、「通報は、キリストがするようなことではないと言われていた」という。「とても深く根付いた考え方なのです。教会に行き、ただ耐えているだけという人たちは本当に大勢います」とエスターは言う。

それでも、#MeToo運動がこれまでの主流文化に揺さぶりをかけるなかで、アーミッシュの女性の間でも、自ら主導する運動は起こり始めている。子供への性的虐待を防ぐための活動を行う非営利団体「セーフ・コミュニティズ(Safe Communities)」の創設者でありディレクターであるリンダ・クロケットによれば、この運動は「はるかにペースが遅く、特に目立たつものでもない」のだとか。

「でも、一歩前に踏み出そうとするアーミッシュの女性は、ここ10年の間に確実に増えています。彼女たちはお互いの話に耳を傾けています。ツイッターやフェイスブックを通じてだけではありません。彼女たちのコミュニティには、強力な情報伝達システムがあるのです。お互いの勇気と力を引き出し合っています」

ペンシルベニア州ランカスター郡地方検事局の元検事で、現在は判事を務めるクレイグ・ステッドマンは、「電話がかかってくるようになりました。私の携帯電話の番号を知っているアーミッシュの人たちは数多くおり、彼らが電話をくれるのです。女性のために、男性が連絡してくることもあります」と話す。

およそ4万人からなるアーミッシュのコミュニティがあるランカスター郡には、アーミッシュと警察などの法執行機関、社会サービスを結びつける活動を行うタスクフォース(特別委員会/専門調査団)がある。(アーミッシュのほとんどは携帯電話を持っていないものの、公衆電話や近所の「イングリッシュ(アーミッシュから見た、自分たち以外のアメリカ人)」の家から電話をしているとみられる)

被害者のなかには、セイディのようにすでに長期間にわたって教会に行かず、アーミッシュの生活から離れている人もいる。いっぽう、エスターのようにまだその内部におり、拒否するよう教えられてきた外部の世界に向けて、内側から警報を発している人もいる。クロケットは、被害者たちは「話したいのだ」と指摘する。「だから、外の世界に注意を向けるのだ」という。

アーミッシュの間で性的虐待という危機的問題が発生する理由は、ひとつだけではない。いくつもの要因が、最悪の状況を引き起こしている。男性が支配する孤立した生活様式のなかで、被害者たちは助け出してくれるかもしれない警察とも、ほかの誰とも接触することができない。

そのほかに理由として挙げられるのは――8年生(日本の中学2年生に相当)までしかなく、性や自分たちの体について学ぶことができない教育システム、被害者非難の文化、コミュニケーションや、より幅広い社会意識を持つことを可能にするテクノロジーへのアクセスがほとんどないこと、実際に罰することや更生よりも、贖罪と寛容を優先させる宗教であることなどだ。また、アーミッシュの指導者の多くは警察に対する警戒感が強く、争いごとは自分たちのなかで解決しようとする。

セイディは幼い頃、毎朝夜が明ける前に起き、飼っていた牛の乳を搾っていた。服装は教会の規則「オルドヌング(Ordnung、ドイツ語で『規律』を意味する)」に従い、頭にヘアカバー(ボンネット)をつけ、丈の長いドレスと、光沢のない黒い色の靴と靴下を身に着けていた。「本当に一生懸命、できる限り働かなければ、怠け者だと言われました」と彼女は語る。

セイディは電気のスイッチを入れたり、店で洋服を買ったりしたことがなかった。自宅ではいつも英語ではなく、小学1年生の年になるまでそれしか知らなかったという「ペンシルベニアドイツ語」で話していた。

そして、彼女は性的虐待を受けていることについて、いとこのひとりと自身の父親のほか、誰にも打ち明けていなかった。父親には、兄弟に体を触られたことがあるかとストレートに聞かれたのだという(次にもう一度同じことを聞かれた時には、いつものようにまた父が兄弟たちを殴るのではないかと恐れ、嘘をついた)。

だが、セイディの親戚たちによれば、彼女の家で起きていたことは、ほとんど周知の事実だった。アブナー(すでに故人)のことを地元の教会指導者に知らせたのは、親戚のひとりだ。セイディは、父が1カ月半にわたり“村八分”にされていたことを覚えている。アーミッシュの社会で一般的なこの「シャニング(Shunning)」という罰は、コミュニティの全メンバーから絶交され、同じ教会に通う人たちと一緒のテーブルで食事をすることも禁じられるというもの。

シャニングの期間が終了すると、罰を受けた人は教会で神に懺悔し、コミュニティはその人を許して“罪が犯されたこと”を忘れるよう求められる。セイディによると、彼女の家ではこの期間の後、すべてのことが平常通りに――つまり、それ以前と同じ状態に戻ったという。

警察やソーシャルワーカーたちはその後も、彼女の家を訪れた。おそらく地元のアーミッシュではない人たちが、通報していたのだろう。ある巡査のメモによれば、アブナーは警察などに対し、「この話はすでに教会で取りあげられ、対処されている」と言っていた。また、娘たちには「何も言うな」と命じ、黙らせていた。セイディと親戚のひとりは、命じられたことを記憶している。

記録によると、警察はその後に再びアブナーのもとを訪れ、「娘たちとの性的な関係について具体的に質問した」。そこでアブナーはようやく、「娘のうち2人と性交渉を持った」と告白。「2人とそれぞれ少なくとも3回セックスをしたが、2人を傷つけたわけではない」と主張したという。父親が自分以外の姉妹も性的に虐待していたことをいとこから聞かされたセイディは、姉妹を守るために、口をつぐんだ。

親戚のひとりによれば、セイディの母親はソーシャルワーカーたちに対し、「アブナーが刑務所に行かなくて済むよう、できる限りのことをしてほしい」と頼んでいた。

そして、それは功を奏した。2001年に撮影された画質の悪いVHSビデオの映像には、両手で帽子を持って判事の前に立つ、灰色のひげを生やしたアブナーが映っている。弁護士は、「被告が収監されることを家族が望んでいない」ことから、被告は近親相姦ではなく、より罪の軽い第1級性的虐待で有罪を認めると説明している。5年またはそれ以上と考えられていた禁錮刑が科される代わりに、アブナーは保護観察処分となった。

セイディによると、父親による性的虐待はその後さらに5年間続いた。筆者が彼女の兄弟たちに話を聞いたところ、そのうち2人が、アブナーがセイディを虐待していたことを認めた。また、彼らのうちのひとりは、自らもセイディを「もてあそんだ」ことがあると白状した。だが、レイプしたわけではないと主張した。別の兄弟も、彼女をレイプしたことを否定。3人目の兄弟からは、コメントを得ることができなかった。

被害者のなかには、黙っていることを強要されただけでなく、さらにひどい状況に苦しむ人たちもいる。リジー・ハーシュバーガーは、14歳の時、27歳だったクリス・スタッツマンとその妻に“お手伝いさん”として雇われ、彼らの4人の子供たちの面倒をみたり、家畜の世話を手伝ったりしていた。

ある晩、牛の乳搾りを終えた後、スタッツマンは彼女を壁に押し付けてキスし、それから飼い葉袋の上に押し倒した。ミネソタ州の冬は寒さが厳しく、彼女はドレスの下にズボンをはいていた。何とか逃れようとするリジーのズボンを脱がせたスタッツマンは、彼女をレイプし、耳元でこう囁いた――「落ち着いて」。この言葉は今でも、リジーにとって(記憶を呼び起こす引き金となる)“トリガーワード”だ。

リジーはこの時、両脚の間に痛みを感じた理由も、出血した理由もわからなかった。両親はセックスについても、生理についてさえも、彼女に教えたことがなかった。

(セイディは10歳の時、外で遊んでいる時に初潮を迎えた。下着にトイレットペーパーを詰め、姉妹のひとりを納屋に引っ張っていき、自分に何が起きているのか尋ねたという)

「アーミッシュの被害者たちは、体の各部位の名前さえ知らない」とステッドマンは語る。「基本的な性教育をまったく受けていないことが、性暴力の被害について説明することをさらに難しくしています」

初めてレイプされた時、リジーは体の震えが止まらなかったという。「利用され、壊され、汚されたように感じました」「すでに自分を責め始めていました――なぜ、あとほんの数分でも早く、家畜小屋を出ていなかったのだろうかと」

裁判所の記録とリジーの日記によれば、スタッツマンはその後、およそ5カ月の間に25回も、干し草置き場や自宅、そして馬車の荷台でリジーを襲った。一度は教会から家に帰る途中、道から外れて森の中へ向かい、そこで彼女をレイプした(スタッツマンは弁護士を通じて、これらについてのコメントを拒否した)。

虐待の現場を目撃した男性が2人いたが、どちらもリジーを助けようとはしなかった。ただ、それでおそらく逮捕されるだろうと思ったスタッツマンは、自ら罪を告白した。

アブナーと同じように、スタッツマンも1カ月半にわたって「シャニング」の罰を受けた。その後は、「教会が罰し、そして許したのだ」として、周囲の誰かがスタッツマンを外部の機関に向けて告発することはなかった。

それどころか、コミュニティは合意のうえでの“不倫関係”だとして、リジーを非難した。彼女はいじめられ、からかわれ、つばを吐きかけられ、「尻軽女(Schlud)」「売春婦(Hoodah)」などと呼ばれた(カッコ内はペンシルベニアドイツ語)。

「私の気持ちも、私の言い分も、聞いてはもらえませんでした」とリジーは話す。それどころか彼らは、リジーが“精神的な問題”を抱えていると噂さえした。

アーミッシュのコミュニティでは、たとえ被害者が子供であっても、同意の上で不倫をしたなどとして、加害者と同様に罪があると考えられることが珍しくない。被害者にも一定の責任があるとみなされるのだ。そして、加害者が教会から罰を受けた後には、すぐに許すことを求められる。許せないなら、問題があるのは被害者の方だとされる。

裁判に持ち込まれるのは、まれなケースだ。アーミッシュは圧倒的に、加害者を擁護する。被害者たちと法執行機関の関係者によれば、コミュニティのほぼ全体が、加害者の側につくことが大半だ。これは、訴え出ることで被害者が受ける心の傷を、さらに大きくする。ステッドマンによれば、「裁判で50人のアーミッシュが加害者を擁護し、被害者をかばう人がひとりもいないということもあった」という。

ランカスター郡で30件以上のアーミッシュの性的暴行事件の裁判を担当してきたデニス・ライナカー判事によれば、2010年に判決が下されたある裁判では、被害者の若い女性たちに、加害者の父と兄弟を許すよう圧力がかけられていた。被害者のひとりは裁判所に、次のような嘆願書を提出している。

「こんにちは、私はメルヴィン(被告)のきょうだいです。どうかお許しください。メルヴィンはこの1年間に、自分が犯した罪を手放すために大きく変わりました。家族は揃って一緒にいるのがいいと思います」

この裁判では、被害者たちは「加害者が禁錮刑を受けないこと」を唯一の条件として、裁判に協力することに同意していた。被告たちが禁錮25~30年と考えられていた刑期を免れたのは、この取り決めの影響だろうとライナカー判事は指摘する。

一方でリジーを取り巻く状況はその後、おかしな展開をみせた。母親から、隣接するサウスダコタ州のカイロプラクティック・クリニックに連れて行くと言われた彼女は、ほかのアーミッシュの大人たちでいっぱいのバスに乗り、およそ480kmも離れたクリニックに向かった。

そこに滞在していた1週間、「常に監視されていた」というリジーが受けたのは、“精神的なものに対処する”ためのディープティシュー(深部組織)マッサージだった。

アーミッシュの性暴力の被害者が、“メンタルヘルス”の問題のために診療を受けさせられる例は多い。そのためのクリニックには、聖書に基づいてカウンセリングを行うアーミッシュまたは「メノナイト(アーミッシュに近い理念だが、それほど戒律が厳しくないキリスト教の宗派)」の専門家がいる。そして、それらのクリニックは多くの場合、所在する州の認可を得ていない。

エスターは数年前、同じように性的暴行の被害を受けた別のアーミッシュの女性に助けを求めようとしたところ、“カウンセリング”のためとしてクリニックに送られた。嫌がると、教会の指導者たちは永久にコミュニティから追放すると彼女を脅したという。

エスターがなぜそのクリニックに入院することになったのか、誰も彼女には教えてくれなかった。彼女は、教会の指導者たちとクリニックの職員が直接連絡を取り合うことに同意する書類に署名するよう強要されたという(最終的には、あきらめて署名するしかなかった)。エスターは「入院した日の夜から、薬を処方された」。だが、服用は拒否したという。それについてエスターは、こう説明している。

「こうしたクリニックに入院させられた人の多くは、薬漬けにされます。自宅に戻るころには、もはや普通の生活ができなくなっています。ゾンビになるのです(エスターはこうした施設に送られたアーミッシュの性的暴行の被害者を、自身の姉妹2人を含めて30人近くも知っている)」

エスターはクリニックで、“睡眠薬”の服用を拒否すれば滞在期間が延びるだけだと言われた。副作用について聞くと、世話係は「関係ない。飲まなきゃだめ」と答えた。

結局、彼女は薬を飲んだ。だが、それは睡眠薬ではなかった。医療記録によれば、処方されていたのは統合失調症などの精神疾患の治療に使われる抗精神病薬「オランザピン」だった。

毎日朝と夜の2回、エスターはほかのアーミッシュの“患者”たちと列に並び、薬を受け取った。「小さな容器に水を入れて持っていき、薬をもらうため台に上るの。全員が順番にね。胸をえぐられる思いだったわ」

そのうち、目の前がぼやけ、幻覚を見るようになった。エスターは逃げ出したいと思ったが、教会の指導者たちに逆らうことは、教区から追い出されることだった。

5週間の滞在期間のうち、エスターは2週間にわたってこの薬物治療を受けた。退院記録によると、彼女に勧められたのは「従順であること」。そして、「前向きな、または適切な考えをもって、教会指導者やその他の人たちへの不健全な考えに抗うこと」だった。

エスターは、アーミッシュの指導者たちは性的虐待の被害を公にしようとする女性たちを黙らせるため、こうしたクリニックに閉じ込めているのだと語る。「声を上げると、被害者たちは施設に送られ、何も言い出せないように薬漬けにされるのです」

それでも、被害者であると名乗り出る女性はますます増えている。それにつれて、被害者を支援するためのエコシステムも確立されてきた。

もうずいぶん前にアーミッシュのコミュニティから離れたリジーは、似たような境遇にあったディーナ・シュロックとともに2年前、性的虐待を受けた女性を支援するための組織「ヴォイシズ・オブ・ホープ(Voices of Hope)」を設立。今では友人同士のリジーとセイディは、このグループを通じて知り合った。

2018年から配信が開始されたアーミッシュとメノナイトの社会における性的虐待の問題を取り上げる番組、『ザ・プレーン・ピープルズ・ポッドキャスト(The Plain People’s Podcast)』を通じて連帯を強めている人たちもいる。

以前はメノナイトとして暮らしていた番組の共同司会者、ジャスパー・ホフマンは、「自らの経験について語りたい」「加害者を告発するための支援を得たい」という人たちから、何百ものメッセージを受け取っている。

また、アーミッシュの文化そのものを変えようとする取り組みも、ペンシルベニア州を中心に進められている。ランカスター郡では警察官や弁護士、社会福祉機関などで構成され、ステッドマンもメンバーに名を連ねるタスクフォースが年に数回、信頼関係の構築やコミュニケーションを深めるため、アーミッシュの指導者たちと会合を開いている(ただし、アーミッシュ側の代表に女性はひとりも含まれていない)。

一部のアーミッシュも独自の取り組みを始めている。複数の州のコミュニティが『コンサバティブ・クライシス・インターベンション(Conservative Crisis Intervention=保守的危機介入)』という委員会を創設。性暴力に関する通報や加害者の訴追について、当局と連携している。

この委員会に参加するメンバーのひとり、ランカスター郡のエイモス・シュトルツフスは、次のように語る。

「多くのことが変わりました。私たちは(規則に)従わなければなりません。かつてのように、隠しておくことは許されなくなりました」

(強豪として知られるペンシルベニア州立大学のフットボールチームのコーチを長年務めていたジェリー・サンダスキーが、少年たちを性的に虐待していたことが明らかになり、大きな注目を集めたことから、同州では2014年、より厳格な報告義務が課されるようになった)

シュトルツフスによれば、ランカスター郡のアーミッシュたちは現在、少なくとも“隠そう”とはしていないという。「親たち、子供たちへの教育を通じて、変わる必要があるということを認めている」というのだ。

また、被害者が簡単に加害者を許すことができないのは、消えない心の傷のためであることについても、理解しようとしているという。「私たちのコミュニティは、この問題を本当に重要なことだと考えています……。ただし、時間がかかることなのです」

リジーは2018年夏、加害者に対する公正な裁きを求め、レイプ被害を警察に届け出た。以前は絶対にできないと思っていたことだ。その結果、驚いたことに、すでに教会の助祭になっていたスタッツマンが起訴されることになった。被告は第3級性犯罪について有罪を認め、量刑言い渡しの日には、法廷はアーミッシュの支持者たちであふれた。

リジーもまた、数多くの支持者たちに囲まれていた。そのなかには、車で2時間をかけて傍聴にきたセイディもいた。被告には最終的に、1988年に施行されたガイドラインに基づき、禁錮45日と10年間の保護観察処分が言い渡された。

現在32歳になったセイディは、5人の子供の母親となり、アメリカ中西部に住んでいる。2013年にやっと、夫とともにアーミッシュの教会から離れることを決心した。今は加害者を告発することよりも、自分自身を癒すことに力を注いでいる。

そして彼女は現在でも、兄弟たちと連絡を取っている。ひとりはこれまでに“何度も”彼女に謝罪しているという。“奇妙なこと”と思われるのはわかっているが、彼女はいまだに時々、彼らのもとを訪れている。

また、心の傷を乗り越えようと、これまでに夫と一緒に何度か、カップルセラピーを受けた。今でも彼女は、キリスト教に基づいた療法を好むという。ただし、自分の子供たちの身近にいる男性はすべて、100%信用することはできない。この先も、信用することはないと思っている。

セイディはこれまで、何度も大きな怒りを抑え込まなければならなかった。“自制心を失う”ことも多かったという。だが、すべてを明らかにすることができた今、ようやく心の落ち着きを得られるようになってきている。

※「*」が付いている氏名は仮名です(氏名はすべて敬称略)

※写真は本文とは関係ありません