看護師の早期離職に関する調査

看護師の離職問題にみる院長の「認める力」
2019年7月4日 (木)

大学病院と比べて自院のスタッフは緩慢―イライラから暴言を吐いた若先生の事例
かつて、事業承継でお父様のクリニックを継いだ若先生がいらっしゃいました。

大学病院時代は、何か一つを言えば看護師やクラークがすぐに動いてくれたり、指示通りに処置を行ってくれたりしていたので、診療の最中に不都合に感じることはなかったそうです。
しかし、いざクリニックに入ってみると、スタッフの緩慢な動きに日々イライラがつのります。ついには診療後のカンファレンスで「大学病院ではああだった、こうだった」と強い口調で言った挙句、一人の事務員に対して暴言を吐いてしまいました。

スタッフたちは、二言目には「大学病院では」という若先生の言葉に対して嫌悪感を抱くようになり、先生とスタッフ間の溝は深まるばかりでした。今回のテーマである「承認」や目指すべき関係性とは真逆の結果です。

看護師の早期離職に関する調査―病院と本人で認識にギャップのある離職理由は?
さてこの事例の若先生の医院がどうなるかは最後にお伝えするとして、皆さんプロ野球はご覧になりますか?

日々熱戦が展開され、私は試合結果に一喜一憂している毎日ですが、そんなプロ野球の監督 渡辺久信氏の著書「寛容力」では、選手たちの失敗やミスを怒らない、のびのびとした育成法により、2008年に監督就任1年目でチームを優勝に導いたという成功事例が紹介されています。

野球選手は幼少の時代から辛い練習や、時にはきつい言葉などで鼓舞され続けてきたものだと思っていたものが、そうではなかったのかと感じた瞬間でした。

その時と前後する形で、看護師が早期に離職する理由はどこにあるかということを調査したことがあります。そのきっかけは、一つのデータからでした。
それは2005年の調査結果を元にしたもので、新卒看護師が早期に離職してしまう理由が列挙されていました(公益社団法人日本看護協会「2005年新人看護職員の入職後早期離職防止対策報告書」より)。

それによると、新人看護師は、就職前に考えていた仕事と実際の仕事のギャップに悩み、それを離職要因の1つとしていると述べています。
また、同調査によると、基礎教育終了時点の能力と実際の現場での能力にギャップがあるというのはトップの理由であり、臨床経験が少ない時点においてはやむを得ない結果とも受け取ることができます。

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2005年新人看護職員の入職後早期離職防止対策報告書より

さて、この調査で私が最も着目した項目は、個々の看護職員を「認める」、「ほめる」ことが少ない職場風土です。
病院側の意見としては9番目という結果に対し、離職した本人たちの意見では45%で4番目の数値というギャップがあるのです。

新人看護師たちは承認や認知の欲求を求めているにもかかわらず、上司からの評価を得られないと感じることが大きな理由ではないかと考えられたのです。したがって、離職率の低下につなげるには、「承認」によりやる気を引き出すような働きかけが大きな課題と考えました。

この2005年の報告書では、前述のような看護技術に関する不安については、ほとんどの看護師が新人の時に感じるものとしており、キャリア形成していく中で克服していかなければならない項目としていますが、看護技術に関する項目であれば院内の教育体制を再度見直して改善していくことが求められるとし、加えて精神的な心の支えとなるような職場風土の策定が望まれるとしています。

看護師長に聞いた医療現場での「ほめる」「叱る」への変化
その8年後これらの調査結果を元に、現役の看護師長、看護部長の方にお話を伺う機会をいただき、「承認」についてインタビューを行いました。病院の規模は大病院から中小規模までさまざまで、9名の方にご協力いただきました。
その結果、それぞれの看護師長たちがおっしゃっていたのは、2004年当時の新卒看護師の離職理由調査から月日が経過していることもあり、承認、ほめるという考え方は大きく変わり、病院協会主催の研修会等における指導項目の中でも承認が含まれるようになっているということでした。

ほめることだけでなく、当然厳しい指導を行うこともあり、その際には「叱る」内容の根拠を明確にして行っているといいます。

しかし課題がなくなったわけではありません。いずれの病院においてもほめることの重要性は強く感じられており、方針としても採用されるなどの関心は高いのですが、実際にほめられて育ってきていない世代の上司が多いため戸惑いも感じられていたようです。

仕事の遂行能力や行動をほめてあげることで、フォロワーの部下が働きやすくなると考えられますが、ほめ方は承認の仕方、フィードバックの仕方などでモチベーションがマイナスに働くこともあるので注意しなければならない点でもあります。
また緊急の対応等もあるため、新人に対していつまでも優しい言葉で対応するには限界もあり、承認と指示の間で悩んでいるケースもありました。

「ありがとう」「助かった」―承認も何気ない一言からはじめてみては?
このように、「承認」に対する欲求はみんな持ち合わせているものと考えられますが、日本人の性格としてそれをうまく表せない人種であるということも見受けられました。

承認の必要性を先生にお伝えすると、「迎合」しているようで好きになれないということもよく言われます。特に先生自身の考え方や信念を曲げてまで対応いただくことはなく、普段の診療中での何気ない一言が承認欲求を満たすことも多々あります。
まずは「ありがとう」とか「助かったよ」などという、普段当たり前に使っている言葉でスタートしてみてはいかがでしょう。

先生の行動が変わることで、職場の雰囲気は一気に変わるかもしれませんし、今まで心の中でつかえていたものがスッキリするかもしれません。

ちなみに、冒頭の自院のスタッフを大学病院と比較し、ほめるどころか暴言を吐いてしまった若先生については、私がスタッフへヒアリングを行い、先生への不満などをレポートし、先生の考えや態度について少しずつ改善していき解決に向かいました。

つい、前の環境を基準に考えてしまうことは多いかと思いますが、現状を把握し、先生の理念をお伝えし、「承認」する。このようにスタッフとのコミュニケーションを常に気にしていくことは大切であるといえます。