不眠治療で大事な「3つのP」とは
食事、運動と並び、健康を支える3大要素の1つである睡眠。「しっかり寝かせれば、他の病気も治りやすい」ことは、多くの医師が体験していると思います。本講座では、医療現場で遭遇する患者さんの睡眠問題をどう診立て、いかに対処するかを紹介していきます。今回のテーマは、不眠症の発症と慢性化に関わる「3つのP」です。慢性不眠症に対処するヒントが隠されています。
不眠症の「P」といえば「3つのP」ならぬ「5つのP」が有名です。多くの診断・治療マニュアルにも載っているのでご存じの先生も多いでしょう。不眠症の5大原因の英語の頭文字から取ったものです。
表1 不眠の原因となる古典的な「5つのP」
Physiological(生理学的要因) 騒音、温湿度、照明、寝具などの環境要因や、運動不足、加齢、性周期(生理、妊娠、更年期)、シフトワーク、時差ボケなど
Psychological(心理学的要因) 心理社会ストレス、孤独、睡眠へのこだわり、不眠恐怖など
Psychiatric(精神医学的要因) うつ病や不安障害などの精神疾患
Physical(身体的要因) 心不全、アトピー、気管支喘息、関節リウマチなどの身体疾患
Pharmacological(薬理学的要因) 薬物の副作用、アルコール、カフェインなど
5つのPを見てお分かりの通り、不眠症の原因は実に多岐にわたります。教科書的には、これらの原因を同定してそれを取り除くことから始めるのが不眠診療の定石とされています。痛みや痒み、うつ病など不眠の原因になっている心身の症状を取り去ってやれば、不眠が軽減するはずだからです。
この定石は、急性不眠については間違いではありません。けがや虫歯の痛みによって急に出現した不眠は、鎮痛薬などで原因を除去すると消失します。急性ストレス性の不眠も同様で、東日本大震災後にも不眠を訴える人が急増しましたが、余震が収まり元の生活環境を取り戻すにつれて2、3週間ほどで不眠患者も大幅に減りました。
ところが、慢性不眠症についてはこの理屈は通用しません。いったん慢性不眠症に陥ると元々の原因を除去しても不眠症が改善しないことが多いのです。うつ病で長期間にわたって不眠を経験すると、うつ病が治っても不眠症状だけが残遺することが多いのはよく知られた事実です。
実際、不眠が1カ月以上持続すると、その後に自然に治ることは少なくなります。1カ月以上不眠が続いた人のうち、70%では1年後も不眠が持続し、約50%では3~20年後も不眠が持続していたという調査結果もあります1)、2)。すなわち短期不眠症と慢性不眠症との間には、予後を一変させる深い谷があります。
なぜ、慢性不眠症に陥ると原因を取り除いても治癒しないのでしょうか。そのメカニズムと対策法を考える際に、今回のテーマである「3つのP」という視点が大変役に立ちます。
Spielmanらの「3Pモデル」
不眠には、うつ病のような精神疾患による不眠もあれば、関節リウマチやアトピーの痛み、痒みなどの身体疾患による不眠もあります。このように原因は異なっても、いったん不眠が慢性化すると、ある共通したプロセスで「正常な生体反応としての不眠」から「病気としての不眠症」に変質することが研究から明らかになっています。「3つのP」とはその慢性化ステップでのリスク要因を示しています。
図1 不眠症の原因となる新たな「3つのP」(Spielmanらの3Pモデルを元に筆者が作成)
図1には、不眠症の発症と慢性化のメカニズムを分かりやすく体系化したSpielmanらの「3Pモデル」を示しました3)。
3Pモデルの第1のPは「Predisposing factor(素因)」のPです。心配性、神経質、切り替えベタなど不眠症に罹りやすい性格傾向、ストレスに対する脆弱性、高齢や女性であることなどの発症リスク要因がこれに当たります。慢性不眠症の患者さんは若い頃から「枕が変わると眠りにくい」などの不眠体験を持っていることが多く、ストレスに対する脆弱性のサインであると考えられています。ただし、第1のPだけでは臨床的に問題となる不眠症は発症しません。
第2のPは「Precipitating factor(促進因子)」のPです。第1のPに第2のPが重畳することで不眠症を発症すると考えられています。この第2のPがいわゆる「不眠の原因」と呼ばれるもので、心配事、基礎疾患(痛み、痒み、頻尿、うつ病)、薬剤の副作用、アルコールなどが代表的な要因です。冒頭に挙げた「5つのP」がこの第2のPに相当します。
たとえ何らかの原因で不眠症を発症しても、第2のP(促進因子)に早期に対処できれば、短期不眠症(一時性不眠障害)でとどまると考えられています。ところが、複数の素因を抱えていたり、慢性疼痛がある、うつ病が遷延するなどの悪条件が重なると第3のP「Perpetuating factor(遷延因子)」が顕在化して慢性化のプロセスに入ります。遷延因子にもいろいろありますが、代表的なものは「不眠を悪化させる睡眠習慣」と、その結果生じる「生理的過覚醒」です。
不眠が長引くと、焦りからやたらと早い時刻に寝床に潜り込むものの(早寝)、なかなか寝付けなかったり、短時間で目を覚ましたりします。結果的に長時間寝床の中にいる(長寝)ものの、眠れずに悶々と過ごす苦しい時間も長くなり、これが負の条件付けとなって寝床恐怖、寝室恐怖を引き起こして不眠が悪化します。逆に寝室外では身構えないため、思いのほか長時間の昼寝をしている人が多いのも特徴です。長すぎる昼寝も不眠を悪化させます。慢性不眠症で悩み始めると大部分の患者さんが「早寝」「長寝」「昼寝」という不眠を悪化させる睡眠習慣に陥ることが分かっています。
もう1つの「生理的過覚醒」とは、慢性不眠症の結果として生じる、覚醒度を高める身体的変化です。例えば、夜間の交感神経緊張、代謝率の亢進、体温上昇、心拍数増加、コルチゾールやACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の過剰分泌などです。これらの身体的変化によって就床時刻でも眠気が抑えられ、また睡眠の質が低下します。いったん生理的過覚醒が出来上がってしまうと、原因が除去されても不眠症状は容易に改善されなくなります。つまり原因から離れて不眠症が一人歩きを始めるのです。
3つのPが不眠治療を変える
不眠症を「3つのP」の視点で理解することは、不眠治療のあり方にも貴重な示唆を与えてくれます。先述のように、不眠症は長引くほど自然寛解しにくくなります。従って、不眠症(夜間の不眠症状+日中の機能障害)が長引いたら、放置せずに早めに治療に取り組むべきです。不眠症の出現から1~3カ月が治療を開始すべき1つの目安になるでしょう。この時期であれば薬物療法を行っても短期間の服薬で減薬・中止できることも少なくありません。
また、慢性不眠症の治療では、第3のPである遷延因子を軽減するアプローチが有用です。薬物療法に加えて、患者さんが陥りがちな「早寝」「長寝」「昼寝」などの不適切な睡眠習慣を修正する認知行動療法が慢性不眠症に非常に効果があることが明らかになっています。認知行動療法をベースにした睡眠習慣の指導法については次回ご紹介します。
まとめ
・不眠症の発症と慢性化に関わる「3つのP」がある
・いったん慢性不眠症に陥ると原因の除去だけでは改善しにくくなる
・慢性不眠症の患者さんは共通した悪しき睡眠習慣に陥りがち。逆にそこが指導のポイントになる
【参考文献】
1)Morphy H, Dunn KM, Lewis M, Boardman HF, Croft PR. Epidemiology of insomnia: a longitudinal study in a UK population. Sleep. 2007;30(3):274-80.
2)Buysse DJ, Angst J, Gamma A, Ajdacic V, Eich D, Rossler W. Prevalence, course, and comorbidity of insomnia and depression in young adults. Sleep. 2008;31(4):473-80.
3)Spielman AJ, Caruso LS, Glovinsky PB. A behavioral perspective on insomnia treatment. Psychiatr Clin North Am. 1987;10(4):541-53.