冷え症

心の問題が原因の冷え症もある
伊藤 四肢末端型の冷え症が若い女性に多い理由の1つに、ダイエットがあります。食事を節制しているために熱源がなく、運動不足で燃やすものもない。そのままでは体温が下がってしまうので、寒さに過剰に反応し、熱が逃げないようにしているわけです。
 これと真逆なのが、副交感神経優位の内蔵型です。寒くても手足の血流は良いから温かいのだけれども、熱がどんどん外に逃げて行って、体の中心部の体温が下がっていってしまう。副交感神経優位で交感神経の弱い人の他、内臓手術で癒着がある人ではお腹の血流が悪いため、内臓型冷え症になることがあります。
 先ほど解説した冷え症の主な分類は冷えの分布に基づくものでしたが、このほか「隠れ冷え症」のような特殊な冷え症もあります。その1つが心因的原因による冷えで、私は「心の冷え症」と呼んでいますが、これは本来の冷え症と区別して考える必要があります。ストレスや神経症、うつ病などで冷えに過敏になる人は昔から存在し、江戸時代の看護書『病家須知』にも、気分が晴れない状態が続くと冷えを感じるといった記載があります。
 心の冷えに対しては、寒熱の治療に先んじて心因的要素を軽減する治療や心身症に対する治療を行うことで、冷えの改善も得られやすくなります。
 最近言われる「低体温」についても、少し触れておきます。
 低体温とはもともと35℃未満を指す言葉でしたが、最近は広義で35℃台の体温を呼ぶ場合もあります。50年前の子供より現在の子供の体温は1℃低下しているという報告もあり、だんだん体温は下がっているような印象は確かにあります。
 ただし、低体温化の傾向に、デジタル体温計の普及が影響している可能性は否めません。昔の水銀計はある意味正確な数字でしたが、現在は予測体温です。予測体温計は、発熱時に使用する分にはあまり問題はありませんが、低い温度は苦手です。現在言われている低体温化にデジタル体温計の測定誤差が関与していることは考慮すべきでしょう。
冷えの対策には運動が有効
 冷えの主な原因は、熱産生の低下、温度調節障害、放熱過多の3つに分けられます。熱産生の低下には基礎代謝低下や食事の問題、運動不足などが、温度調節障害には血流が大きく関わっています。放熱過多の原因としては、皮下脂肪組織減少による保温力低下、発汗増加などが挙げられます。
 熱産生の低下に対してはカロリー摂取と運動、温度調節障害に対しては血行不良の改善、放熱過多に対しては保温といった対策が必要です。中でも運動は、熱産生の低下以外にも通じる「冷え」の有効な対策となります。例えば、筋運動を行うと安静時の3倍相当の熱が作られることが知られています。
 少し脱線しますが、体温調節に重要な要素として「ふるえ熱産生」があります。寒いとガタガタ震えてしまう、悪寒のことですね。この現象は、体温を維持するために骨格筋が不随意かつ周期的に起こす収縮で生じます。運動の筋収縮による体熱量の増加が20%であるのに対して、ふるえの筋収縮はおよそ50%にもなります。高熱時に起こる悪寒は、ウイルスなどの細菌を体温上昇によって殺そうとする合目的反応です。その反応を解熱剤でむやみに下げてしまうのは感心できない――という話につながります。
ショウガで体温は上がらない?!
 さて、巷では「体を冷やす食べ物」とか「温める食べ物」という言葉がよく聞かれます。これらは実際にはまやかしが多く、検証されているものはほとんどありません。
 例えば、唐辛子は確かに体温を上げますが、体温が上がり汗をかいたあとは、確実に体温が下がります。下図のグラフにあるショウガ(生の生姜)も、言われるように体温を上げるわけではありません。
 同様に、「体を冷やす食べ物を食べると冷え症になる」というのも根拠のない話です。もちろん、アイスクリームなど冷たいものをたくさん食べて、内臓を一時的に冷やして、下痢やお腹が痛くなることはありますが、冷え症の原因ではありません。
 栄養素の中で産熱反応が最も多いのは蛋白質です。炭水化物は体内でブドウ糖に分解され、その一部がグリコーゲンとして筋肉に蓄えられますが、熱を作り出すためには運動して筋肉を動かす必要があります。江戸時代の人は炭水化物ばかりの食事で、蛋白質不足の状態でしたが、現代とは運動量がまったく違う生活をしていました。蛋白質はじっとしていても熱を作りますが、炭水化物を摂取したら「動く」を心掛けて下さい。
漢方の生姜は整腸作用を目的に用いる
 ショウガの話をもう少ししておきましょう。新生姜とひね生姜は食卓でお馴染みですが、漢方で用いるのは生姜の皮を除き乾燥処理をした「乾生姜」です。少しややこしいのですが、この乾生姜のことを日本の漢方では生姜(ショウキョウ)と呼んでいます。乾生姜はいろいろな漢方薬に入っていますが、目的は体を温めることではなく、胃腸の働きを整えることです。昔は生姜を長時間蒸して、さらに天日干ししたのが「乾姜(カンキョウ)」となります。
 ジンゲロールとショーガオールはショウガの成分として知られますが、この2つの成分には逆の作用があります。
 ジンゲロールは、私たちが食べる新生姜やひね生姜に多く含まれており、TRPA1という冷受容体とTRPV1という温受容体を同時に刺激します。生姜を食べて温かい感じがするのは温受容体を刺激するため、温感を生じるためなのですね。
 ちなみにジンジャーエールは、冷受容体を刺激する清涼飲料で、体を温めるための飲み物ではありません。冷受容体を刺激するのはメントールも同様ですが、これは冷感を感じているだけであって、体を冷やしたり、体温を下げたりしているわけではありません。
 一方のショーガオールは乾姜に豊富に含まれており、唐辛子に含まれるカプサイシン同様に体温を上げる作用を持っています。
 以上、寒熱と冷えについて、基本的なところをお話ししました。寒、熱、冷えともに背景にはいろいろな病態があり、それぞれに対処法が異なります。「誤治」を起こさないためには患者さんの状態をよく観察し、それぞれの特徴を捉えることが重要です。