佐川氏の表情や動作・仕草

「どういう経緯で、誰が、どう具体的に指示したか答えておらず、明らかになっていない」と、佐川宣寿前国税庁長官自身が認めた異例の証人喚問は、核心に触れる部分はすべて証言拒否しながら、責任を財務省理財局の中だけに留め、首相夫妻や官邸の関与をきっぱりと否定するというものだった。

佐川氏はYESと思っている時に頷く

 野党各党は一斉に「疑惑は深まった」とお決まりのセリフを吐いたが、疑惑を深める要因になったのは新しい事実が出てこなかったからだけではない。腹が据わっていたとはいえ、本人の意思とは関係なく、感情や本音、心の内に隠そうとする「何か」が、佐川氏の表情や動作・仕草となって表れたからだ。
 席に着いた佐川氏の表情は硬い。落ち着きなく頭を揺らしたり、口元を動かしたりしていた。用意周到に準備してきたが、ここでうまくやらないと、ここを乗り切らないと、そんな思いが彼の不安や緊張を高めていたのだろう。答弁に慣れているはずの元官僚でも、証人喚問となると話は別らしい。緊張やストレスがかかると、ますます仕草や表情に本音が表れやすくなる。
 佐川氏の仕草を見ていると、YESと思っている時に頷いてしまう傾向がある。小さな頷きもあれば、何度も頷くこともある。「その通り!」とばかりに、身体が大きく前後に揺れることもある。人はNOの時には頭を左右に動かしやすいが、佐川氏に限っていえば、左右に動かすのはNOではなく、人の話を聞こうとしたり質問について考えたり、判断が必要になる場合に多かった。
 官邸だけは守るという姿勢で臨んだ佐川氏だが、自民党の丸川珠代氏が問うた時、そんな彼の意思とは違う仕草が出てしまっていた。柔らかい物言いで、丸川氏はこう切り出した。「書き換えが財務省の官僚だけで判断できるはずがない。政治家が関与して、指示しているのではないか」。すると佐川氏は、それを聞きながら小さく頷いてしまったのだ。

どんな質問にも姿勢が変わらなかった前FBI長官

 こういう公の場では、仕草や表情が証言の信ぴょう性に影響を与える。それをよくわかっていたのが、昨年6月、米議会公聴会でロシア疑惑について証言したジェームス・コミー前連邦捜査局(FBI)長官だ。彼は質問者が変わろうと、どのような質問であろうと、姿勢も変わらず身体も揺れない。動揺や不安がその表情に表れることもなく、意図と反する仕草もなかった。
 人は疑惑や疑念を感じている時、相手がどう答えたかだけでなく、答えている時にどう見えるかによっても、それが真実かどうかを判断しようとする。そして疑わしい所を、無意識のうちに見つけ出そうとするものだ。無用な仕草や表情が出ないよう、コントロールが必要な時もある。

瞬時にNOと判断できない何かがあったのか

 佐川氏には、そんな習慣も心の余裕もない。丸川氏も彼のわずかな仕草に気付かないため、誰から指示があったのかと疑惑の対象を順番に挙げていく。「安倍総理から指示はありませんでしたね」と誘導尋問的に聞かれても佐川氏の頭は動かない。総理夫人についても同じで「ございません」と即座に否定。ところが官房長官、官房副長官と聞かれると頭が左右に動いてしまった。瞬時にNOと判断できない何かがそこにあったのだろうか。見ている側には一瞬、首を傾げたように見えたはずだ。それなのに「ございません」と否定したのだから、見ている側には、官邸を守ろうという佐川氏の意識が見えたのだ。
 続けて、麻生大臣や大臣秘書官から指示があったかと丸川氏が聞くも佐川氏の頭は動かない。こういう質問の仕方には危険が潜んでいることも多い。財務省の事務次官という言葉を聞いた瞬間、彼の身体は前後に大きく揺れた。官邸や政治家の関与を完全に否定しながらも、それがどこか疑わしい印象を与えたのは、こんな風に彼の仕草が人によって異なっていたから。そして、それにもかかわらず、間髪いれずにきっぱりと否定したからだ。
 丸川氏がもう一度「政治家からの関与はなかった」と確認するように発言すると、今度は身体を大きく前後に揺らし座り直したように見える。YESを強調しているのだが、座り直すという仕草は、嘘のサインだと元刑事から聞いたことがある。関与はなかったと言い切ることに、少なからず不安を感じたと捉えることもできるだろう。

佐川氏の表情が変化した役職名

 佐川氏がそんな仕草を一度見せたからと言って、それが答えではない。もう一度、こんな場面があればと思って証人喚問を見ていると、午後の衆議院予算委員会の証人喚問で自民党の石田真敏氏が、丸川氏の質問について振り返ってくれた。丸川氏と同じように疑惑となっている対象の役職名を1つずつ読み上げていく石田氏。それを聞いていた佐川氏の表情が変化したのは、官房副長官と聞いた時だ。思わず片方の口元に力が入り、息を大きくついた。ここでも官房副長官という言葉に、佐川氏は反応した。
 丸川氏が国有地売り払い契約について、官邸関係者から指示がなかったかと順番に役職名を挙げていった場面でも、官房副長官と聞いた時だけ、なぜか佐川氏は目をつむった。だからと言って、官房副長官が問題だと言う気はない。わかるのは、佐川氏の中で官房副長官が何らかのキーワードになっているということ。ちなみに、麻生大臣の名前にもわずかに頷いていた。
 答弁を拒否した中で「昭恵さんの名前を見た時の印象」の反応だけ、他とトーンが違ったのも疑惑を深めた要因だろう。
 日本共産党の小池晃氏が質問を向けると、苦笑しながら鼻をすっと触り唇をなめた。一瞬、不安を感じたのか、困ったなと思ったのか。そう見える仕草である。そして佐川氏は、それまでと違う理屈をこねて答弁を拒否。その姿勢も、だんだんと身を乗り出して前のめりになったのだ。小池氏の質問時間が終了すると、握った手で鼻をこすった。焦りを感じさせるこんな仕草を見せたのも喚問中、この時だけだ。その後も昭恵夫人の名前に強く反応したことから、彼女への疑惑が払拭されたという印象はない。

どこか他人事だった佐川氏

 さて、この証人喚問では、「勉強した」「資料を読みこんだ」「話を聞いた」「当時の担当は」という答弁が多かったように思う。自身の指示については頭を動かすことなく答弁を拒否。席に着くと目をしっかりつむってうつむいていた。改ざんなどの経緯は一切話さず、ガードは固いが、答弁の端々に森友問題と佐川氏の間に距離感があるように感じられるのだ。
 小池 では、(昨年)2月から3月にかけて、あなたは何を根拠に答弁したんですか。
 佐川 それは、先ほどから申しますように、質問通告があり、各原課で答弁書をつくり、そういうものを基本にご答弁を申し上げておったというのが実態でございます。
 小池 その各原課の答弁書は、決裁文書を基本につくられているでしょ。
 佐川 大変恐縮でございますが、その答弁が本当にその決裁文書をもってつくったのか、どういう資料をもってつくったのか、それは私が、その各原課がどういうそのファクトを確認しながらつくったのかというのは、私自身はその答弁書を読んでご答弁を申し上げているんでございます。
 小池 こんな無責任な話がありますか。いったい何を根拠につくったのかわかりませんと。そこでも部下に責任を押し付けるっていうね、そういう議論になっちゃいますよ。
 小池氏が、昨年の答弁の根拠について声を荒げて聞いた時も、小池氏に無責任と言われていたほど、当事者意識が薄いというか、どこか他人事。
 その理由は、立憲民主党の逢坂誠二氏とのやりとりに答えがあったと思う。逢坂氏の穏やかな口調に、「前任者の迫田氏からの引き継ぎがなかった」、「昨年2月に初めて森友を知った」と、佐川氏は声を低くして、穏やかな口調で答えた。誰かに聞いてもらいたかった、そんな感情がこもった声のトーンだ。それが事実だとすれば、どこか他人事のような彼の答え方もわかる気がするが、それが答弁拒否を連発する理由にはならない。
 財務官僚としては「100点満点だった」という佐川氏の答弁と、追及しきれず、キレのない質問で佐川氏に逃げ切られた野党。佐川氏から発言を引き出そうとするだけでなく、仕草や表情の変化にも気をつけていれば、違う攻め方もできたのかもしれない。